北見工業大学 無機材料・無機物質工学研究室

Inorganic Materials Chemistry Lab. &
Energy related Solid State Chemistry Lab

研究内容

RESEARCH
RESEARCH

粉体工学を利用した農業用資材の造粒技術の開発

オホーツク地域で発生するホタテ貝殻廃棄物量:年間約6.7万t
ホタテ貝殻粉末を用いた造粒プロセスの開発

はじめに

北海道の道東地区では6.7万t/年のホタテ貝殻が廃棄されており(北海道水産林務部水産局水産振興課 令和元年度水産系廃棄物発生量等調査より)、これらの有効活用が求められています。そのため現在では、農業用資材や道路建材など様々な利用が行われており、特に農業用資材としては貝殻を粉砕した粉末を圃場に散布する事で、天然物由来の炭酸カルシウムによる酸土矯正剤としての利用がされています。
しかし粉末状の貝殻粉末を圃場散布する際、ライムソワーと呼ばれる散布装置を用いる必要がありますが、この散布機では一度で幅2-3m程度の散布しか出来ません。これに対して、現在農業分野で一般的に利用されるブロードキャスターであれば、一度に幅30-60 m程の散布が可能となり、作業効率を大幅に低下させることが出来ます。しかしブロードキャスターは粒状の農業用資材を散布するための装置のため、粉状のホタテ貝殻粉末を散布した場合、散布時に飛散してしまうため、これまでブロードキャスターの使用が出来ませんでした。
ライムソワーによる散布
ブロードキャスターによる散布
ホタテ貝殻粉末のSEM観察像
そのため周辺農家からは、ホタテ貝殻粉末を粒状化し、ブロードキャスターによる散布に対応可能な新しい農業用資材の開発が求められていました。しかしホタテ貝殻を粉砕した粉末を走査型電子顕微鏡で見てみると、形状はバラバラかつ、粒度も広い(大きさがバラバラ)となっており、一般的な造粒プロセスには不向きな原料であるため、これまでホタテ貝殻粉末の造粒体は生産されていませんでした。そこでカーリングで有名な常呂町にある常呂町産業振興公社は、このような造粒に不向きな原料粉末を用いて造粒体を作製するため、粉体工学をてがけていた北見工業大学の無機材料研究室と共同研究を実施する事になりました。

造粒体の作製

転動造粒機(ラボ機:直径300 mm)
今回の造粒プロセスの開発では、最終的に工場規模での生産が目的のため、大量生産に対応可能なプロセスを用いる必要があります。そのため、一般的に造粒プロセスで利用されている転動造粒と呼ばれる手法による貝殻粉末の造粒体作製を試みました。転動造粒とは、ラボ機の写真にあるような装置を用いて、粉を入れたパンを回転させ、そこに糊の役割を果たすバインダーを投入する事で、粉に回転をかけながら動かし、序々に粉を固めていき、最終的に球状の造粒物を作製する手法です。今回はこの糊の役割を果たすバインダーには、同じく道東地区の主要産業である製糖業で発生する製糖副産液(廃糖蜜)を利用する事で、後述するような循環型一次産業の基盤を地元自治体に提供しています。また製糖副産液は日本製糖株式会社の美幌製糖所から提供を受けることになりました。
このような転動造粒により造粒を実施する際、重要となる因子は、原料粉末の流動性(流れやすさ)と付着性(くっつきやすさ)です。そして粉体工学の分野では、これら二つの指標は、粉体の安息角により評価が可能です。そこで原料粉末の安息角を測定したところ、写真に示すように36.7°と非常に流動性が強い粉末であり、この粉末では造粒出来ない事を確認しました。
そこで原料粉末の付着性を上げる(安息角を大きくする)事を目的として、分級操作(原料粉末の粒度を揃える:今回は大きな粉末を除去して、全体的に細かい粒径に統一した)を実施したところ、100メッシュで分級操作を実施した事で、原料粉末の安息角は60.1°と付着性が高い原料粉末になり、結果的に転動造粒プロセスによる造粒に成功しました。
すなわち、これまで難しいとされてきたホタテ貝殻粉末の造粒プロセスに開発した事で、粒状酸土矯正剤の生産に近づけることが出来ました。また転動造粒時のプロセスパラメーターを制御する事で、造粒体の粒径制御なども可能である事を示し、最終目標である2-4 mm程度の粒径を持つ造粒体が作製可能である事も確認しました。
原料粉末、28メッシュによる分級粉末、100メッシュによる分級粉末の安息角と造粒後の粒子の写真
回転数40 rpm時のパン設置角による造粒体の粒度分布への影響
(標準試料は市販されている農業用資材の粒度分布)

粒状酸土矯正剤の特性

作製した造粒体には、1.保管時の堆積に耐えられる粒子強度、2.実際の酸土矯正効果の二つの特性が求められます。粒子強度については、実際に作製した造粒体に圧壊試験を実施する事で、実際の使用に問題がない粒子強度が付与されている事を確認しました。また酸土矯正能力についても、土壌に散布試験を実施し、目的とする酸土矯正効果がある事を実証しています。その結果、現在販売されているホタテ貝殻粉末の酸土矯正能力とほぼ同程度の酸土矯正能力を持っていること、また粒状にする事で酸土矯正能力の持続効果が大幅の上昇する事を示す事ができ、今回作製した造粒体が新しい農業用資材として非常に有望である事を実証しました。

工場建設と大量生産へ

今回の造粒プロセスの開発成功を経て、共同研究先の常呂町産業振興公社では、2019年度の中山間地域所得向上支援事業を利用し、造粒のための工場を建設し大量生産を開始しました。またこの工場建設にあたって、実際に使用する機器の選定に対しても、無機材料研究室はかかわり、工場建設に貢献しています。そして最終的に、造粒体を作製する心臓部分となる転動造粒機には直径3 mのパン型造粒機を使用する事が決まりました。さらに工場建設後、これまで使用してきたラボ機(直径:30 cm)のデータを、実機(直径:3 m)に適用するための条件設定などについても関与し、工場の始動にも大きく関わっています。そして幸いな事に、2020年度には工場の試運転が無事に終了し、現在常呂町産業振興公社では、無機材料研究室が開発したプロセスを用いて、ホタテ貝殻粉末を用いた粒状酸土矯正剤の生産及び販売を開始しています。
常呂町に建設された新工場の外観
常呂町に建設された新工場の外観
工場に設置したパン型造粒機(直径:3 m)
工場に設置したパン型造粒機(直径:3 m)
生産している粒状酸土矯正
生産している粒状酸土矯正

今後の展開

ここまでで、粒状酸土矯正剤の開発は一段落つきましたが、無機材料研究室では今度この分野の新たな展開についても考えており、現在も常呂町産業振興公社や日本甜菜製糖株式会社との共同研究を続けています。そして現在は、粒状酸土矯正剤の表面を黒色化する研究や、他材料との複合化などについても研究を進めており、ホタテ貝殻の農業用資材としての更なる利用方法の検討を行っています。
最後に、今回開発した粒状酸土矯正剤により、常呂町では循環型一次産業を達成する事が出来ました。これは漁業・水産加工業で出たホタテ貝殻、そして常呂町で栽培している甜菜を利用した砂糖製造の過程で発生する製糖副産液を原料として、農業用資材を生産し、最終的に農業にこれらの資材を戻す事が可能となりました。このような観点から考えると、今回無機材料研究室が実施した研究は、地元自治体に対して、循環型一次産業の基盤を提供する事が可能になったとも言え、地元地域に対して工学的知識を使って貢献する事が出来たと考えています。
循環型一次産業のモデル図
共同研究先
常呂町産業振興公社、
日本甜菜製糖株式会社・美幌製糖所
助成金
2018年度 ノーステック財団 研究開発助成事業 スタートアップ研究補助金
2020年度 粉体工学情報センター研究助成
2020年度 ノーステック財団 研究開発助成事業 発展・橋渡し研究補助金
成果
特許6781426号大野智也・高桑康文
「貝殻粉末を用いた粒状酸土矯正剤及びその製造方法」