研究内容

I. 根の屈性にかかわる細胞生物学

植物の根は普段我々の目に触れないために、根に「動き」があることはあまり知られていません。しかし、根は複雑な環境を生き延びるために自らの伸長速度や方向をコントロールする「屈性」という能力を有しています。この屈性のおかげで、真っ暗闇でも水分や養分の方向、重力の方向などの環境情報を統合しながらサバイバルしていけます。

植物の根は光を感じる

暗い土の中にいるはずの植物の根が、光に応答することが古くから知られています。分子生物学的に言うと、地上部に備わっているすべての光受容体タンパク質が根にも常時発現しています。コストを払ってまで根が常に光に備えているのは、根が危険な状態に置かれているのを光を利用して認識するためでは無いかと考えています。

根の光忌避

青色光照射によるシロイヌナズナ根端の活性酸素
生成の蛍光プローブによる可視化
(Yokawa et al. Trend Plant Sci 2013)

モデル植物のひとつであるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)は、光源から反対の方向へ屈曲する「負の光屈性」を示すことが知られています。シロイヌナズナの根は、光照射下により根端に活性酸素種(ROS; Reactive Oxigen Species)を即座に蓄積すること(Yokawa et al. Plant Signal Behav 2010)、この活性酸素が細胞膜(メンブレン・トラフィッキング)の状態を変化させ(Yokawa et al. Front Plant Sci 2016)、根の伸長や屈曲を促進させることなどを明らかにしてきました(Yokawa et al. Front Plant Sci 2014など)。シロイヌナズナを用いる利点は、特定の光受容体タンパク質やシグナリングに関する因子の変異体を容易に入手、作出できることです。これにより、根がどのように光を感知しているか、どのように屈曲など生長をコントロールしているか、などに迫ることが可能になります。

光により刺激される重力屈性

光照射で開始する重力屈性
(Suzuki et al. J Exp Bot 2016)

これまでに、トウモロコシ(Zea mays)の根が光を受容することで重力への応答(鉛直方向への屈曲)が開始することを見出しました。また、根の先端に位置する小さな根冠という器官が光の受容に大切な働きをしていることを明らかにしてきました。
根冠を除去すると、右図で示しているような光による重力屈性が開始しません。根冠は光受容の後、YUCCA遺伝子の発現が誘導され、トリプトファンからオーキシンを生合成します。根冠は光による重力屈性を開始させるために必要な器官であることが分かりました。
根冠は重力を感知するために必要な部位として古くから知られていましたが(Darwin "The Power of Movement in Plants", 1880)、光センサーとしての機能も兼ね備えていた事実は興味深く、引き続きこの点に着目して研究を行っています。

根の照射を利用した栽培法への応用

植物工場などでの効率の良い植物栽培のために、LEDなどの人工制御光が広く用いられています。我々は、根が光に敏感に応答する能力に着目し、地下部へ光を直接照射する新たな栽培方法の確立を目指しています。上記の、根の光応答にかかわる細胞・組織レベルでの知見をもとに、例えば、植物工場や圃場などにおいて人工的に根の張りや養分の吸収などのコントロールが可能となるような栽培実験も現在行っています。

II. 麻酔薬と植物科学

謎が多い全身麻酔薬

全身麻酔薬の効果の発見以来、薬剤がどのような作用メカニズムで意識を失わせるのかという問いは、 多くの科学者を惹きつける魅力的なサイエンスのトピックスです。さらに、化学構造上類似性のない、数多くの麻酔薬分子種が、なぜ同じ麻酔効果を発揮できるか、なかでも化学的に不活であるはずの希ガス、キセノンまでもが麻酔効果もつことについて、これまでに科学的な回答を得ていません。麻酔にかかる、という現象は一体、細胞レベルで何が起こっているのでしょうか。

麻酔にかかる植物

ジエチルエーテル麻酔により葉を閉じないオジギソウ
左図の矢印は接触により葉が閉じている。
(Yokawa et al. Ann Bot 2018)

動く植物というものが知られており、例えば葉に触れると閉じるオジギソウや、食虫植物のハエトリグサなどがあります。ヒトに用いられる全身麻酔薬をこれら植物に処理すると、動きが失われ、麻酔除去により再び反応が復活することを示しました。(右図)

植物は生きたまま観察することが可能ですので、細胞の活動電位をリアルタイムで計測することが可能になります。その結果、麻酔処理後には、即座に電位が消失していることを突き止めました。さらに、動物の神経伝達に必須である、メンブレン・トラフィッキングの状態が、シロイヌナズナの根細胞では麻酔下において撹乱されていることを明らかにしました(Yokawa et al. Ann Bot 2018)。これらのことから、動物がなぜ麻酔吸入の直後に意識(反応)を消失するかという問いへのヒントになるかと考えています。

植物組織、細胞を生きた、「あるがままの(intact)」モデルとして利用することで細胞レベルでの麻酔の作用に迫る研究を行っています。

農業・園芸への麻酔薬の応用可能性

麻酔薬、と聞くと医療を思い浮かべる人が現在ほとんどですが、過去に麻酔薬が園芸用途に用いられていた記録があります。

ヨーロッパ原産のライラックという花があり、このつぼみは一般的に、ひと冬の長さの低温期を過ごした後、春に温度が上昇すると開花を迎えます。1900年初頭の庭師は、この長時間かかる開花を人為的に早める方法を知っていました。それは、つぼみに一定時間麻酔の処理を施すことで、植物は充分に越冬時間を経たものと錯覚を起こして開花が始まります。庭師たちは、花の需要が高まるクリスマスシーズンに季節外れのライラックを出荷することで、付加価値を高めることを行なっていました。(Yokawa et al. Trend Plant Sci 2019)

麻酔薬への先入観なく、植物へ経験的に利用されていた事実は興味深い事例です。このように、開花や発芽など、植物に特有な現象の制御を目的として、麻酔薬の農業・園芸分野への応用研究を行っています。

参考動画(YouTube)

III. 環境応答と腺鱗内の二次代謝物の調節〜ハッカ植物モデル〜

(上図)ニホンハッカ Mentha canadensis var. piperascens
(下図)葉表面の腺鱗内に代謝物が蓄積する

古くよりハーブなどの植物は、病気治療のための薬草としてのみでなく、食品に香りを加えることでの食欲増進や保存の目的で古くから用いられてきました。ハーブの多くは、葉の表面の腺鱗(glandular trichome,せんりん)と呼ばれるカプセル状の器官内に、テルペン類などの二次代謝物を蓄積します。葉に触れてこの腺鱗が弾けることで、香りが漂う仕組みになっています。

テルペン類は分子構造が複雑なため、人工的な全合成に成功していないものが多く、現在も原料植物からの成分供給に頼っているものも少なくありません。

また、テルペン類は抗がん剤や抗マラリア薬などの医薬品原料として、利用価値の高いものが存在します。

こういった植物の香りや薬効成分は植物の生育環境によって左右されることがわかっており、その点に着目して人工的に成分増加を図る研究も存在します。

そのため、腺鱗に蓄積される成分量の制御や、代謝物の腺鱗への輸送についてのメカニズムの解明が求められています。

研究室では、かつて北海道・北見が作付け世界一であったニホンハッカをモデルとして利用し、植物の育つ環境に応じた腺鱗内のテルペン類の調節メカニズムの解明を目指しています。

ハッカで得られた研究結果を、他の生薬やハーブにも応用して代謝物の制御を可能とする応用研究も行っています。さらに、遺伝子操作や農薬を使用せずに二次代謝物を増加させることで、食品に安全に使用できる付加価値の高い、ハーブや生薬植物の生育法確立を目指しています。